22歳、発達障害者。

発達障害者の日々のつぶやき。

仕事辞めました

皆さんこんにちは😃

私は4月1日から介護職員として障害枠で働いていました。

大学時代に取った実務者研修の資格を生かすためです。

1日と2日は通常出勤して、3日はお休みだったのですが鬱が悪化して体調を崩してしまい、4日は出勤だったのですが行けるような状態じゃなくて、そのまま退職の意思を伝えました。

今日施設長から電話がかかってきて、配慮するので戻ってきてほしいと言われました。

時間をもっと短くすることも可能だし、出勤日を少なくすることもできる、業務内容も考え直すとのことでした。

私の不満は労働時間でも仕事でもなく、職場の雰囲気でした。そしてそれは自分の力で変えられるものではないことを知っています。だから敢えて退職を選んだのです。もう自分を壊してまで働きたくない。

親は早く次の仕事を見つけろとうるさいし、私も大学卒業していきなり無職になってしまったので焦りもある。でもとにかくやりたいことがない。仕事もプライベートも。一体何のために生きてるのかわからない。

私は一応それなりの大学を出ているが、正直だから何?レベル。文学部は余計そうなのかもしれないが、周りでも大学時代に学んだことが直接仕事になっている人はほとんどいない。研究職を目指すという手もあるが、大学に行って自分より頭がいい人はいくらでもいるということがわかったし、なかなかそれで食べていくのは厳しいという現実を知って、自分は大学院には行かず就職した。

資格もいくつかは持っているが、直接仕事には活きていない。英語は得意な方だが、自分より得意な人はたくさんいると思うし、通訳や翻訳などの仕事として成立するレベルではない。

運転とかも好きは好きだが、びっくりするほどうまいわけではないので仕事にはならない。

パソコンの基本操作もできることはできるが、自分よりできる人はいくらでもいると思う。

私は昔からほとんどのことを無難にはこなせるが、特別に得意なことはないのである。

それでも意欲があれば仕事として成立するかもしれない。

発達障害者の中には天才と呼ばれる人が存在するが、彼らに共通しているのは才能はもちろんそれが好きだということ。私にはそのようなものがない。あったとしても親に潰されてきた。

私はずっとピアノが習いたかった。でも親はやらせなかった。その理由はそんなことをしてもピアニストになれないからだ。周りでもほとんど小学校卒業や中学卒業と同時に辞めていたし、ピアニストになった知り合いはいない。バイオリニストを目指していた知り合いもバイオリニストにはなれなかったし、バレリーナを目指していた知り合いもバレリーナにはなれなかった。そう思うと自分の夢を叶えられた人はとても少ないように感じる。でももしかしたらプロになれていたかもしれないし、たとえなれなかったとしても決して人生に意味がないとは言えない。部活とかに関しても私は運動部に入りたかったから、スポーツ選手になれるわけじゃないんだからやめとけと言われた。たしかに知り合いでスポーツ選手になった人はいないけど、部活から学ぶことはたくさんあったと部活経験者は口を揃える。

私は何もやらせてもらえないから何も始まらない。

それでこれからどうするか?

しばらくは学生時代からお世話になっている派遣の仕事をしながら仕事を探そうと思います。

単純作業は楽ですが、やっぱり何か始めなくては。